「EOS D30」開発者インタビュー

(前編)


話題のデジタル一眼レフ「キヤノン・EOS D30」。
発売予定日まであと一ヶ月ほどという時期になったにもかかわらず、
その詳細は、まだ秘密のベールに隠されているといった感じだ。

そこで本サイトでは、発表直後に行った「D30」開発スタッフへの
開発者インタビューを急きょ掲載することとした。

3時間にも及んだこのロング・インタビューから、知られざる
「D30」の真の姿を垣間見ることがことができるだろう。

なお、全文で約4万文字に及ぶ長編のため、数回にわたって掲載する。

最後に、本インタビューのテキスト化では「アサヒカメラ」編集部に多大なる
ご協力をいただいたことを心より感謝したい。

(本インタービューのダイジェスト版は「アサヒカメラ」、「月刊カメラマン」7月号に掲載されています)


参加者
(以下、敬称略)

カメラ開発センター カメラ第3開発部部長 諸田雅昭
カメラ開発センター カメラ第5開発部部長 加藤得三
カメラ開発センター カメラ第5開発部カメラ51設計室室長 原田義仁
カメラ開発センター カメラ第5開発部カメラ52設計室室長 明石彰
総合デザインセンタープロダクト第1デザイン部P12デザイン室専任主任 熊倉雅一
半導体デバイス開発センターデバイス企画課課長 石崎明
デジタルカメラ商品企画課課長 前野浩

聞き手
山田久美夫




●精鋭部隊が結集した「D30」

-まず最初にこちら、開発陣がたくさんおりますので、今回の「D30」のなかでどの部分を担当したかということで、簡単に諸田部長のほうからご紹介させていただきます。

諸田 それでは私のほうから。私はカメラ第3開発部の諸田といいまして、デジタル一眼レフのメカ担当の部門で、今回このD30のまとめ役をさせていただきました。
隣にいますのは、加藤で、第5開発部というデジタル一眼の電気関係を担当している部門の部長です。D30の電気関係はみんな知っていると(笑い)。

加藤 知っているかどうか、いちおう管理していますということで(笑い)。

諸田 その向こうが、第5開発部のなかにカメラ51設計室とカメラ52設計室というのがあるんですが、52の明石室長です。主にソフト絡み、ファームウェアとかそちらのほうの担当をしています。
その向こうが51設計室の原田室長です。電気ハード関係を担当しています。
その向こう、ちょっとユニフォームが違いますが、デバイス開発センター。

石崎 デバイス開発センターのデバイス企画課の石崎と申します。一つはセンサーの担当なんですが、私たちは綾瀬事業所というところがありまして、ちょっとここから遠いものですから……。

諸田 今回、CMOSのほうの開発を担当してくれた部署の……。

石崎 まあ、代理ということで。

諸田 それからいちばんこちらの端がデザインの熊倉主任、今回のこのD30のデザインを担当してくれた主任です。
最後が……。

前野 デジタルカメラ商品企画課の前野です。ずうっと一眼レフの商品企画を担当してきまして、9月までこのカメラの商品担当でしたが、いまはパワーショット系の仕事に携わっていて、どちらかというと、こちらの担当のことをしております。実はきょう「ビジネスショー」があったりいろいろありまして、人の回しがつかないということもあったりして、今回、私が商品企画側の代表として出席させていただきます。よろしくお願いします。

諸田 部署は違いますが、これをスタートさせたときは一緒にやっていましたので。

山田 では、自己紹介を(笑い)。山田久美夫といいます。最近、もっぱらデジタル系の仕事ばっかりなんですが、もともとは銀塩のほうでずうっと記事なんかを書かせていただいていました。ここのところ、だんだん銀塩系から遠ざかりつつ・・・。遠ざかりつつというのは好きで遠ざかっているわけではなくて、それこそこのデジタル一眼レフみたいに、従来の銀塩から移行できるようなモデルがぜんぜん出てこなかった。出てきてもひどく高かったんで、ようやく昔の楽しさが戻ってくるなあという感じで・・・。で、このところ死ぬほど忙しいんですが(笑い)、結構楽しんで仕事をやってます。
今回は「アサヒカメラ」を含め、いくつかの雑誌やインターネットなどに、ここで話していただいたことがばらばらに載る(笑い)と思いますので、よろしくお願いします。

●「D2000」とは別系列の「D30」

山田 ようやく去年、「安い」「安い」と言われながらとっても高い「D1」というカメラが出ました。まあ、この手のデジタル一眼レフの世界にどっぷり漬かっていると、デジタル一眼レフが数百万するものだと思っている。だから、「安い」って言っちゃうんですけど(笑い)。でも、ごくごく普通の人から見れば、「こんな、最高級一眼レフの2倍もするようなカメラを安いと言うやつはどこのどいつだ。それにきちんとしたレンズ付けたら100万円コースじゃないか」と、なかなか評価の分かれるカメラが登場したわけです。

なんだけど、これが出たときも、「この半額ぐらいで欲しいわね」と。「D30」は半額にならなかったですがね(笑い)。
「半額ぐらいで欲しいわね」という声がたくさんあって、やはりそういうカメラが出てこないとなかなか厳しいというか、デジタル一眼レフというものが多くの人に、まだ親しんでもらえるというほど親しめないと思います。けれど、「D30」の登場で、「ちょっと使ってみようかな」とかそういうレベルまで下りてきて、これからが楽しいんじゃないかなと思っているんです。
で、質問事項が山のようにあります。山のようにあるんで、これ、全部聞いていると日が暮れるので、お話しながらいろいろお聞きしたいと思ってます。

まず今回のこのカメラの位置づけというのをお聞きしたいんですけれども、位置づけというよりも、要するにキヤノンの場合は、EOS-DCSというデジタル一眼レフがあって、その後に「D2000」「D6000」というのがあって、これが出てきたわけです。そういうキヤノンのデジタル一眼レフとしての流れのなかの位置づけと、EOSシリーズとしてどういう位置づけになるかという二つの側面からお話を伺いたいんです。

諸田 位置づけということですが、山田さんはまさにご存じのとおり、うちのほうとしては「EOS-DCS 3」というのから出し始めまして、「D2000」「D6000」と、これはコダックさんと一緒にやって製品として出してきたわけです。
あれはとにかく導入機といいますか、結構高くとも、とにかくプロの方に使っていただけるだろうというもので出してきているわけなんですが、それを担当していて、「やはりどう見たって、結構面白いし、いいんだけど、高いよね」というのがやっている担当者も含めてわれわれの感覚で、当然、プロの間で、あれが出てから、即時性を要求する分野では結構どっと動き始めた。「どっと」と言っても数は知れているんですけどね。
そういう状況から見て、「この世界というのはもっと広く動くはずだ」ということが感じられまして、「やっぱり障害は値段だね」というのがいちばん感じるところで、とにかくもっと価格を下げていって、このデジタル一眼というのを広めていかないと、その先もないなという見方で、このカメラは、「D2000」なんかの系列とは別に、もう一つ市場を広げるという狙いをもって安いものをつくりましょう、という考え方で今回のものをつくってあります。

位置づけというのは、一つはプロ用。本当にプロ用というのと、ハイアマにもとにかくなんとか手を出してもらえるだろうというあたりに設定できるカメラ、こういう二つの系列みたいな感じでこのカメラを準備しているというか、開発しました。

銀塩との関係という話なんですが、これはちょっと関係というと、あんまり関係づけられないんですよね。結局、銀塩ってフィルムをそのへんで買ってくると3本数百円で買えたりとか、そういうものに相当するものが何万円も出してぼーんと置かなきゃいけない、コスト自体がそれだけするものを置かなきゃいけない。他のところはほとんど変わらないんだけど、そこだけの値段でどーんとこんなに違ってきちゃうというのがありますから、それをその銀塩の系列と肩を並べさせようとすると、すごく話にいろんな矛盾が出てきちゃうというところがあるんです。

山田先生が最初に「PMA」かなんかでこいつを出したときに、「Kissだ」と言って書かれておりましたが(笑い)、それが35万円もしちゃうわけですね。やはり銀塩との系列という見方というのはちょっと述べにくいんですが。

●クラスは「EOS55」!?

前野 あと、プロという話で補足しますと、例えばきょう、いまカメラマンさんがインタビューカットを撮っていらっしゃる。この取材だったら、たぶんこれでいけると思っています。

諸田 そうですね。

前野 ハイアマじゃないですね。プロですね(笑い)。こういう条件下の撮影でしたら、十分このカメラでいけるんだろうなと思っています。ただ、それこそAP通信がオリンピックで発信するとか、そういうところではやはりEOS-1ベースのカメラというところにはいけないというか、それとは違うというのはあると思います。

諸田 銀塩でも同じようなことが言えると思うんですけどね、EOS-5だ、EOS55だというのは、実際、プロが使えないかというと、使えることは使えるわけですね。そんなに値段違わないで上のほうにあったら、やっぱりこっちのほうが信頼感あるなといって使い分けるので、そういう意味では十分使えるカメラにはなっています。

山田 まずこのカメラなんですが、銀塩のほうのEOSの系列でいくと、EOS-1Vがあって、次に3があって・・・。55って、まだ現役でしたっけ。

前野 まだ現役です(笑い)。

山田 で、「EOS55」があってという、ある程度クラスというか、ありますよね。そのイメージでいくと、何に近いとイメージするとわかりやすいでしょう。

諸田 スペック的には55に近いというイメージかなというところですね。例えばシャッタースピードは1/4000秒ですとか、コマ速は5コマまでいかない。でも3コマ出ますよとか。でも、Kissの1コマじゃないですよとかいうイメージからいくと、そんなところなんですが、まだ当面、かなり長い期間、銀塩のように系列をずらずらと並べるということはないと思います。そこの市場の価格がこなれていかないと広まらないし。
だから55だといって、じゃ、次にKissがあって、5があるだろうと思われるとそうじゃないんじゃないかなと。デジタルの場合はまたフィルムによっての限界みたいなね、そういったこともあるかも知れないんで、銀塩と同じような展開の仕方だというと、そうではないんじゃないかなという感触をもっています。

●将来は1クラス下も!?

山田 それほど系列としてばっと出てこないとしても、先に聞いちゃいますけども、これより下というのは計画としてあるんでしょうか。「下」という言い方はあれですけど、もうちょっと手頃な価格帯のもの。

諸田 さらに安い……。

山田 はい、さらに安い。

諸田 将来的には狙いたいと思っています。

山田 なんとも判定しにくい(笑い)。

諸田 狙わなければと思っています。

山田 そうですねえ。その「将来」というのはどのくらいなんでしょうね。

諸田 どのくらいなんでしょうね(笑い)。

――ユーザー的にも、それこそKissとか買ってる人、ユーザー向けのものを出していきたいという感じですか。

諸田 そうですね。銀塩でも、単純に数だけで言うと、一眼のなかでKissを除いちゃうと、数は結構少ないわけですよ。そのぐらい市場を広げなきゃいけないだろうなという気持ちはあると。そのためには、やはりそういう安いものを手がけていかないとだめでしょうね。でも、「いまできますか」って言われると、精一杯です(笑い)。「精一杯頑張りました」という結果ですから。

●上級機も当然・・・

山田 そうですね。ということは、話の流れでいくと、当然、この上は別にあるというふうに考えたほうがいいですね。

諸田 ええ、当然、上のクラスとはこれは別物の位置づけで考えていますということなので。

山田 オリンピックには間に合わなさそうだと。

諸田 ノーコメントです(笑い)。安いほうは技術的な困難というか、壁がありますけど、高いほうはそんな壁ないですから、金をかけていくほうは。

山田 そうですよね。

――これだけ出た以上は、100万というわけにいかなくなってくるでしょうし、高いほうといっても。

諸田 確かにそういう意味では厳しいですけどね。

前野 D2000のときにいろいろ議論はあったんですけど、ただ、実際、あのクラスだと、耐久10万回と言われていますね。例えば10万回シャッター切ると、フィルムで2500〜3000本撮るんですね。フィルム代と現像代と合わすと軽く200万円超えちゃうんですよ。そういう意味では、「もし銀塩で全部撮ったのをデジタルに置き換えたら、それは200万でも高くはないだろう」。最初はそういう考えだったんです。D2000のときはそういう議論をしていました。もちろんそれのままでいいのかというと、そういうわけじゃないというのは十分承知しております。
ただ、じゃ、銀塩と同じ性能にしなさいというと、それはまた違うでしょうと思っています。当然、その作品に使うフィルム代というのはないわけですから、それにいくらか投資していなきゃいけないというところだと思います。ただ、逆に言えば、フィルムを最初に投資しちゃうわけですから、フィルムは固定になってきちゃうけれども、もしかしたら、カメラを何セットか持っていただかないと、風景写真用とポートレート用ということにならないといいなと。なってほしいなというのもありますし。

山田 デジタルカメラの場合は、要は「フィルム付き一眼レフ」なんですよね。

諸田 そうですね。

山田 だからこそ値段も高くなるしという理論も一つはあるし、逆に言うと、買ったら最後、それより性能は上がらないというところも当然あると思うんで、そういう意味ではいままでの一眼レフ以上に慎重に選ばなきゃいけないんだろうし、結構、ユーザー側としてもむずかしい部分はあると思うんですが、そのあたりでいくと、今回の価格設定というのは何か根拠があるんでしょうか。


●D30の価格はフルキットで想定

諸田 価格にはすべて根拠があります(笑い)。部品を集めてきたコストがいくらでという。それ以外の根拠というのは特には……。

山田 ただ、例えば……。

諸田 当然、最初からね、そういうパーツの予測で「ここでできるはずだ」という狙いをもってやりますけれど、精一杯やりましたという。別に「D2000の何分の1にしたい」とか、そういうような根拠とかそれは特にないですね。

山田 というのは、例えば「D1」のときは、嘘か本当かわからないですが、「最高級機の2倍」と。それだけのある意味では許される範囲の価格だろうという話だったので、わりとEOS-1Vのブースター付きに揃えてくるんじゃないかなというイメージが先にあったんですが、そういう意図は……。

諸田 ないです。

山田 例えば巷で「実販が29万8000円になる値段から逆算した」という話もありますが、そういう話は……。

諸田 企画で答えて(笑い)……。

前野 販売がもしそう言っているんだとしたら、そうかも知れないですね(笑い)。いや、つまり積み上げていってこの値段になるというのと、それから「この値段ぐらいにしなさい」というあるターゲットで。30万前後というのは、当然、あるターゲットがあって、そのなかから、または逆にいまできる値段がどこまでだというところで。

山田 ちょうどそれがバランスしたのがこれくらいの値段だったと。

前野 ええ。ただ、実販はわからないですけども、もう少し高いかも知れない(笑い)。

山田 そうか。

前野 うちのは今回フルキットにしようというのが一つの特徴で、やはり銀塩から変わってくる方が、そこで接続キッドだの何だのキットだのわからなくなるのはよくないというので。「じゃ、なんでパワーショットはソフトが別なんですか」というのは置いといて(笑い)、これはフルキットにしましょうというのが一つ。キャプチャーソフトですか、そういうのも全部フルキットにしてしまおうという形で設計させていただきましたので、そういう点で価格的にちょっと定価が高めに見えるかも知れませんけども、他社の全部買い足す値段からすれば、安くできているんじゃないかなとは思います。

諸田 そうなんですよね。どうしても「65万円」と「35万円」とかそういう比較されるんですけれど、片や65万円で買っても何も動かないという状態と、35万円で買うとなんでもできちゃうよという状態と、ちょっと不満だなあと思いつつ(笑い)……。

山田 ここにある「D1」は僕の私物なんですけど、それは買った人しかわからないですね、正直言って。65万円でもヨドバシカメラあたりで、「本体は幾ら。でも、幾ら幾らで全部足すと65万超えちゃう」んですよね。価格設定としては衝撃的だったとは思うんだけど、ユーザーのためではなかったなという感じは、買った本人としてはとっても思っています。

諸田 それって、どうなんでしょうね、最初買ったときは必ずそう思うんですね。次、同じのをケチって買うと、「そんな余計なの要らないよ」という形もきっと出てくるので、むずかしいなと思うんです。

前野 新聞社さんなんかで5台、10台買われるとね、「ソフトは」というのが必ず出てくるかと思うんです。


●デジタル一眼レフの市場を広げたい

――そういう意味ではセットにされたということはわりと新規、これで初めてデジタル買うという人を考えていらしたということですか。そうでもないですか。

諸田 先ほど言いましたように、広げたいということはそういうことを想定はしていると。

山田 その「広げたい」なんですが、銀塩のユーザーからデジタルに移行するという広がり方と、デジタルのパーソナル機というか、レンズシャッター機というか、それからアップしてくる人たちといると思うんです。当然、両方狙っていると思うんですが、そのあたりは……。

諸田 両方狙っているとお答えすると終わってしまうんですけど(笑い)、正直いってよくわからないんですよ。ただ、当然、狙いとしては、まずはEOSユーザーでちょっと興味ある人には手出してもらいたいな。そのために、EOSの操作性とか、当然、EOSマウントを使っているとかいうところはそこにいちばん強みをもっているはずですから。正直いって、カメラのつくり方、それしか知らなかったというのもあるのかも知れないんですが(笑い)、まあ、いちおううちの強みを生かすためにはそれだと。
そういう想定と、とは言え、いろいろお客さんの話なんか聞いていると、「やっぱりデジタルより銀塩のほうがいいよ」とかね、そういう方も結構いますし、そういうのを思うと、いまのパワーショットなんかを使われている方とか、そういったなかのパワーユーザーとか、そういった方も当然、使っていただく。あとはもう少し企業めいたところ。新聞社さんでもバリバリのカメラマンは使い切ってくれないかも知れないけれど、記者さんがぽっと持っていく一眼レフというところでは十分使ってもらえるんじゃないかとか、いろいろ欲をかいて考えております。

前野 そういう意味では、全く新規にこのボディつくっていますから、何かを流用しようという形じゃなくてゼロからつくっていますから、デザインを好きにできたんですけれども、あえてこのデザインにしたというのは熊倉君から説明して下さい。

山田 そっちに話を振ろう。

●EOSユーザーが安心して使える新規デザイン

前野 要はデザインに指示というか、デザインとのいろんな議論のなかでは、「EOSユーザーが安心して買えるように」というのは一つの大きいコンセプトであって、これを例えばパソコンみたいに白く塗ってしまいましょうとか、EOSっぽいデザインじゃなくてカクカクにしちゃいましょうとか・・・。まあペンタプリズムは取るわけにはいかないんですが、いろいろできたと思います。最初のうちはそういう考え方もいろいろあったんです。

諸田 いちばん簡単なのは、パトローネ室と巻き取り室が要らないから、実はグリップするほうは取れないけれど、こっち側はなくするとかね、なんだけど、やっぱりこの格好がいいなと。

山田 そうですよね。何かそのへんが妙に納得しちゃってるところがあるんですが、僕自身は、このカメラに対して発表時からすごく興味を持っていたんです。で、いちばん興味を持ったのは、何を隠そう、EOS-1Vが出たとき。内覧会のときにその開発のスタッフがいて、そこに諸田さんがいなかったというね(笑い)。

諸田 私、飛ばされていましたから。

山田 僕自身はね、絶対、カメラって人で出来てると思ったんですよ。人の力でできているので、EOSの1と1Nで中心になったメンバーが1Vにいるのかどうか、というのがすごく興味があったんですね。もしそこにいなければ、きっと相当力のあるものをつくっているに違いないと僕は踏んだんですよ、そのときに。

諸田 ああ、そうですかぁ(笑い)。

山田 そういう意味では、逆にすごく安心もしたんですよね。僕自身、EOSのユーザーですから、EOSの伝統というか、それをきちんと引き継いだ形で、このカメラがきっと出てくるんだろうなというところですごく安心したんです。そのときこのカメラは名無しの権兵衛でしたけども。ですが、それと同時に、ああ、あんまり下のほうの機種じゃないな、要は中堅が出てくるんだなというふうな気もしました。
 というのがあって、ちょっとデザインの話に入る前に、開発メンバーの方々がこれより前に何をやっていたかというのを、言える範囲で教えていただきたいんですが。

●銀塩畑出身の精鋭揃い

加藤 前歴(笑い)。

前野 前科何犯(笑い)。

諸田 いや、私にちょっと誤解があるみたいなんですが、1と1Nと言いましたが、Kissもやっていますから(笑い)、上のほうをやってくるなと思ったのはきっと間違いなんです(笑い)。下もやってくるかも知れないという。

山田 Kissを誰がつくったという話はあんまり出てこないんで(笑い)。

原田 Kissは私がつくりましたけど(笑い)。

加藤 私は実はキヤノンに入ってから、ずうっとムービーの8ミリビデオのほうをやって、私が最後に手がけてまとめた仕事は、「XL-1」という単板ありますね。あれが3年ぐらい前ですか、2年ですか、あれからこちらの静止画に移りまして、そういう意味では初めての静止画の製品です。
 やっててむずかしいなと思ったのは、一つは、ニコンさんもそうですけども、歴史のなかでフィルムは自分たちでつくっていないわけですね。だから初めてフィルムをつくるという意味で非常にやり甲斐があって。逆にいうと、神話もそこにないわけですね。
 たぶんきっとコダックさんにしろ、富士さんにしろ、何かいろんな神話があるんでしょうね。そういうしがらみがないという意味ではいいんですけども、逆に神話をつくらなきゃいけないということでプレッシャーもきついんですけども、今回まだ最後の最後まで絵づくりやっていますけれども(笑い)、非常に力を込めてやっているというあれで。
 最初、ムービーのほうが静止画の積み重ねだから、静止画は簡単だろうと思ったんですけども、一瞬一瞬でしか勝負できないのと、あと、ムービーってモニターのγとかって、すべてかなり規格化されていますよね。そういう意味だと、静止画ってピントが大事なのか、ブラウン管で見るのが大事なのかとかいろいろあるので、そういう意味では本当にまだちょっと混沌としているというのが・・・。はっきりいって、逆に山田先生なんかにも指導していただいて静止画をつくっていきたいという気があるんですね。ですからなるべく早くわれわれも、見せられるものを見せて意見を伺いたいというのが正直な話で……。

山田 早く使いたいですね。

加藤 そういう意味でも非常にむずかしいなと思っています。そんな経歴です。

明石 私は入社以来ずうっとファーム、本体ソフトをやってまして、初代EOSの650からずうっと担当していました。だから650、620から、EOS-1もそうですね。EOS-1のAF、それから5も。5の場合は視線検出を開発していまして、IXEをやりました。だからEOS系のほとんどのAFと視線の部分というのは開発やっています。で、EOS-3と1Vは当初、諸田部長も私も隣の原田もいたんですけれども、途中から抜けたという形で、それ以来、ずうっとこの仕事をやっています。
 だから私の仕事というのは、そのEOSのAFとか。やはりAFですね。定評あるAF技術をデジタルのほうに吹き込むというか、そういう役目だと思っています。AFに限らないんですけど、EOSのソフトでやっている操作性とか感応的なところをデジタル一眼にいかに組み込むか。カメラメーカーとしてそこがいちばん強みといいますか、電機メーカーさんと違うところだと思うんですね。長年の経験とか積み上げてきたものがある、そういうのを入れる仕事と思っています。

原田 彼より1年ぐらい前から会社に入っているんですけど、最初はAL-1から始めまして、T80とかあのへんのAF系をやっていたんです。それからEOS系に入って最初に650、Kiss系、1000系、あとは580、結構やりました。先ほど話がありましたように、EOS-3をほとんど終わったかなというところまでやった後に、あまりにも時間がかかったもので、3人ともこちらに飛ばされまして(笑い)、それで初めてデジタルというのを触ったわけです。
 電気のハードということになりますから、本当に銀塩しかやったことのない者にとっては結構きつい、知らない世界なんですけども、キヤノンの場合、幸いにカメラ本部のなかにビデオもありますし、あとデジカメもありますし、結局、そのへんの3チームが合同になった形でこれをつくり始めているわけです。
 やはりポリシーが違うんですね。ビデオはあくまで原色で当時出ていましたよね。パワーショット系はやはり補色で売ってて、絵も解像感で取るのか偽色をなくす方向で取るのか、まあ、主義が違うんですよね。そのなかで、われわれは、偽色は多少あっても解像感を、というところでの信念みたいなものがあって、そういったものと、でも、パワーショットってよくできているんですよ。安くて、しかも速くて軽くて。そういったものをうまくミックスして、かつ可動のもの、ビデオのほうのいろんな絵づくりとかいったもののミキシングでこういうカメラをつくり上げられているわけです。
 私、ハードをやったことで、ずうっと実は隣に平塚って、僕ら「平塚、平塚」って呼んでいたんですけれども、半導体デバイスのことをずうっと、15年ぐらいもうEOSのデバイス、特に光りもののデバイスというのはこっち側の窓口という形でやってきていまして、ああだこうだとすごい面倒くさいターゲットとか厳しいターゲットを与えていて、それで今回、幸いにして結構高い精度のものをつくってもらいました。

石崎 私の前歴は秘密なんですけど(笑い)、それは冗談ですけども、私も実はカメラやっておりましてね、原田と同じ年に入りまして、AL-1でクイックフォーカスというピントが矢印で表示されるという使いにくいカメラがありまして。そのカメラの開発に携わりまして、その後、私はどちらかというと研究開発寄りで、オートフォーカスの開発を暗室のなかで籠もってやっていたという感じですね。
 当時は、本当に銀塩カメラ、一眼レフにオートフォーカスが必要なのかどうか、そういう時代でしたね。やはりつくっても高いんですね。「本当にこんなもの、どうするんだ」という話から始まって、そうするうちに、α-7000ショックがありまして、EOSの650の開発をスタートするという決断がなされて、そのときに設計に参加したということです。
 私の担当がずうっとセンサー関係、センサー及びその周辺のIC関係だったものですから、その開発をEOS650、620ではやらせていただいて、その後、また次の開発をやれという話になったんですけどね、どうせ650のEOS、AFなんですけど、その当時は最先端を走っていたと思います。ただ、すぐによそのメーカーが追いついてくるでしょう、次のことをやるべきでしょうという提案をしまして、それでいまデバイス開発センターになっていますけども、センサーの開発をやっているところへ出張して、次のどういう機能をセンサーに入れるといいかという話を検討させていただいて、という話からスタートしていますね。
 その後、いろいろ変遷ありましたけど、いまはそのデバイス関係の企画というか、スタッフという立場で横から眺めている、そんな感じですね。

熊倉 私はずうっと一眼レフをやってきまして、最初はEOS1000ですね。それからKiss、55とやって、APSのIX50とかやりましてD2000、それからこんどのD30と、唯一、三つのフォーマットをやったデザイナーかな(笑い)、時代に恵まれたのかなと思っていますけど。

前野 私はもういいとして・・・(笑)。私はずうっと設計をしていました。諸田と二人三脚でずうっとやってきて、ついに引き裂かれたんですけども、先ほどちょっと原田のほうからも説明がありましたように、パワーショットをやっていた部隊もこのグループに本来、入っています。ここにはちょっと来ていないんですけれども。どうしてかというと、まだ必死で徹夜をこいている(笑い)。徹夜こいてない人もいるんですけれども、それは半分冗談として、ばらけてやっているわけで、そこの部分のメンバーも入ってやっております。そこはちょっと追加しておかないと、EOSのグループだけが集まってつくった製品ではないんです。

山田 ほとんど銀塩畑の延長なんですね。

諸田 きょう集まったメンバーはそういうことで……。

前野 実際にやっている人間は、ビデオから来たり、混成部隊です。きょうあたりで、9月発売というと、いま頃暇なのは電気のハードウェアなんですよ。

諸田 そう、えらい人だけが。担当者はいまもう真っ青になって。

山田 そういう段階ですよね。

※以降、続編に続く・・・
 (続編では、D30の絵づくりやCMOSの実力についてお届けします)

(2000年8月3日公開)



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